2021年11月15日

この日の朝、夫はまた置き手紙を残して
スーツケースを持って出ていった。

改めて前向きに離婚を考えたい、とのことだった。

それから1週間後の月曜日に帰ってきた。
私が前の日にメールを入れたから。

【もう家を出ていこうと思うのでいろいろと話したいから帰って来て下さい】

それまで全く返信がなかったのに
返信がきた。

明日帰るよ。って。

この話し合いの内容はまた書きます。

 

ちなみに私達のメールはショートメール。
なぜか。

私からの連絡が来るのが嫌だからライン消したって言ってた。
それが約1年弱前のはなし。

今、改めて、胸が痛い。

【前回の続き】保健センターへ相談。

2020年頃から、保健センターへも時々相談した。
とにかく元気がないし、いつもうつむき加減だった。

こんな言い方したら自分でもひどいと思うけど、
いつもどんよりされていると、
私までどんよりしてくる。

そして、その姿を見ることもストレスになっていた。

なんとかしてあげたかった。

前みたいにニコニコ笑って過ごしてほしかった。
だから匿名でいろんな所に相談した。

 

でもどこに相談しても答えはどこにもなかった。

 

そんな日が続いて、あの日、2020年9月の日が来た。

連絡しても返ってこない、それまでは仕事が終わると
おわりましたー、って連絡がきてたのに。
そして帰りはどんどん遅くなり、
帰って来ない日もあった。

そして私への態度が激変した。
すごく嫌なものを見る目をしていつも私を見た。
近寄られるのも嫌なようだった。

私は、なぜそんな目で私をみるのか分からなかった。
こんなに心配しながら、
気遣いながら、
育児も仕事も家事もがんばったのに。

って。

 

後日話し合いをしたときに、


いつも自分のことを責める、
自己中心的…

などなど、の言葉がでてきた。
私はびっくりした。

そして、職場の同僚の女の人と一緒に車に乗って食事に行ったり
仕事帰りに飲みに行っていた事も私に話した。
それは、私がかまをかけたんだけど。

私はすぐに、
あ、好きなんだな、と思った。

なぜか。

私と夫が出会ったとき、夫には彼女がいた。
5〜6年付き合っていたと思う。

すぐに別れて私のところにきた印象がある。

きっと、私は眼中になくなったんだな、と思った。
それくらい睨みつけるように見る夫の顔が
とてもとても悲しかった。

次につづく。

夫への心配。

夫が就職した年から、夫はみるみる疲れていった。
私は知らなかったけど、
建築系って体育会系らしい。
夫は体育会系ではないと思う。

そして以前から思っていたこと。

夫は片付けができない。
カバンの中もぐちゃぐちゃ。
部屋の中のもちろんそう。
そして、よく探しものをする。

探しものとはちょっと違うけど、
日常的に使うものの場所がなかなか覚えられない。

「スプーン取って」

っていってもよく探す。
タオル、ペン、予備のティッシュのあるところ、
お皿…

私もちょっとは困ったけど、
それでも良いと思ってた。

ある日夫に聞いてみた。

「仕事をする上で自分の性格で困ることない?」

すると、

「物があるところが覚えられない」

って言った。

私からみて、夫は
発達障害アスペルガー)かな、と思ってた。

私は発達障害が悪いことだとは思っていない。
ただ、それによって日常で困ることがあるのなら、
専門の先生に相談して(まだそうかも分からないから診断も含め)
どういった特性があるのか、
苦手なことにどうやって対応したら良いか、
要するにどうしたら生きやすいのかを教えてもらうのが
良い方法だと私は思っていた。

そして私自身、育児が始まってから
そんな夫がストレスになっているのも確かだった。
産まれて間もない子を見てて、と頼んでも
長い時間子どもに集中して見ていられない。
でもそういったことも特性らしかった。

夫婦で、家族で仲良く尊重し合って生活するには
やはり専門の先生に相談することは大切なことだと思った。

夫を病人のように思ったことはない。
少なくとも私はそう思っていた。
夫婦で理解し合うために
病院に行こう、と言った。

ただ、1回行ってから通院しなかった。
わたしひとりで先生に電話や病院へ行って相談をした。
そして鬱になってしまうのではないか、夫に対して
そんな心配もあった。

先生は、
「病院に自分から来るのは難しいでしょう。
会社の上司に病院へ行くように言ってもらうというと行く人が多いです。」

そして私のことも心配してくれた。
この頃はアスペルガー症候群のことをよく調べていたので、
一緒に過ごしている人がカサンドラ症候群によくなることも知っていた。

「奥さんは、自分とお子さんとの生活を1番に考えてください」

と言われた。
そうできたら、楽だった。
やっぱり夫が心配でたまらなかった。

 

これは主に2020年〜2021年の3月くらいまでの話。

 

2021年12月10日(金)

昨夜、夫の帰りが遅かった。
私は風邪をこじらせ、子どもたちと一緒に
21時半にはお布団に入った。

 

寝る前に
『風邪でダウンしたのでもう寝ます。
テーブルにスパゲティと、冷蔵庫にキャベツの千切りと
ドレッシングがあるから食べてください。』

とメールをしました。
でも昨日は食べていませんでした。
なんだか変な感じ。

 

今日、先月のクレジットカードの使用状態を確認していたら、
仕事だと言っていた日に、隣の県のカフェやショッピングモール
に行った明細がありました。
メールで聞いても返事はなし。

2021年9月29日のできごと

朝目が冷めて携帯を見ると、
まだ5時台だった。

部屋を見ると夫の姿がなかったので、今日は仕事が早いんだなと思って
いつものように子どもたちといつもの朝を過ごした。

子どもたちを保育園へ送って、粗大ごみを出す準備をしていた時、
ふとポストを見た。
ポストにはクリアファイルが入っていて、その中には離婚届と置き手紙が
入っていた。
一瞬時が止まった。
その手紙はショックのあまりキッチンで燃やしたから詳細はあまり覚えていないが、
離婚を前向きに考えて欲しい、といった内容だったと思う。
その日は9月29日水曜日だった。
手紙には金曜日に帰りますと書いてあった。

その手紙通り、金曜日の夜に帰ってきた。
子どもたちは夫のことが大好きである。
とても大好きである。
子どもたちはその日帰ってきた夫の元へ走ってお迎えにいった。
私は複雑な気持ちだった。
そしてなぜこういうことをしたのかを早く聞きたかった。

理由を聞くと、自分と離婚したほうが私達が幸せになると思う、といった内容だと
私は感じた。お金も母子手当てなど受給できるし、という感じだったと思う。


私はもう夫のことを責める気持ちはすでになくなっていたので、
あなたはあなたのままで100点、わたしもわたしで100点、そうやって
お互いを認めあっていけばいいのでは、と前向きなことを多々話して
ああ、少し寄り添い合えたかなと思った。

でもそれからも距離はあった。
私のこと、もう嫌いなんだろうな、って思うことはたくさんあった。

連絡もつかず帰って来なかったあの日。

2020年9月の終わり。
その日は、仕事へ行ってから連絡が取れなくなり、
夜中になっても帰ってこなかった。

9月の半ば頃から、目に見えて元気がなく、
しんどそうだな、と思って真面目に心配していた。

長男3歳2ヶ月、次男が1歳4ヶ月。
都内から転勤で地方で暮らしている。
身内も友達もいない。
わたし、なんで友達できなかったんだろう…

私は、仕事をフルタイムでしていた(派遣社員)。
あまりに仕事が合わなくて、10月から違う勤務先が決まっていた。

夫に毎朝身体と精神のために養命酒を注いでいた。
養命酒は義父のすすめでもあった。
要するに、義父も夫の精神の状態を心配していた。


そしてXデー。
夫へメールをしても、電話をしても、なんの応答もない。
心配だった。
嫌なことを頭がよぎったりもした。

大丈夫だろうか、
生きているだろうか、
お願いだから返信をして…

 

精神的に疲れ果てていると思ったため尚更心配になり、
私は、夜中1時過ぎだっただろうか、警察へ相談をした。
自宅の車で出かけていたので、車の車種やナンバーを伝えて探して
もらうことになった。(この際警察が手違いを犯し、夫の勤務先へ電話をして、
夜中の為留守電になった所でメッセージを残してしまい、次の日の朝再生され、
本社までこの話がいってしまう。そして、そのことで夫は激怒する。でも、怒るのは
当たり前だと思った。勤務先にそんなこと知られたくないのは誰だって同じ。
後日私は警察に経緯を教えてもらい、警察は落ち度について謝罪した。)

 

朝方(確か5時過ぎだったと思う)、警察から見つかったと連絡があった。
会社付近で車で走っている所を見つけてくれたらしい。
そのままパトカーの後に続いて車を走らせて家まで連れて来てくれた。
帰りたくなかったらしい。

顔を見た時にとても安心して涙がでたのを覚えている。
その日、仕事だった夫は特になにも言わずシャワーを浴びてまた仕事へでかけた。

 

この出来事がすべての始まりだったように思う。

現実と真実と向き合うため、嫌々記録をはじめます。

きっと大丈夫だと思ってたから約1年間記録はとらなかった。
なんとなく、取ったほうがいいこともわかってた。

今でも家族がバラバラにならないって信じてるけど、
現実と真実と向き合うため。

 

2020年の9月から夫は急に変わった。
夫は急ではないと言っているけども、
少なくとも急な変化は2020年9月。

結婚したのが2017年2月。
夫はその年の4月から新社会人となった。
最初は順調だと思っていたけど、明らかにだんだん元気がなくなっていった。
仕事が(職場)が原因なのはわかってた。
病院につれていったり休職をすすめたり、毎日心配だった。
長男が産まれたのもこの年の7月4日だった。
産後で情緒も安定していなかったし、身体もしっかり傷は付いていたけど、
とにかく夫のことが心配で仕方がなかった。

今夫に聞いてみると、どうやらおせっかいだったみたい。

夫は6歳年下。
よしよしと可愛がるととても喜んでいたのがとても懐かしい。
お世話をしてもらうのがとても好きだと思っていた。
手紙でも、
『仕事よりも俺との時間を大切にしてくれてありがとう』
とよく言ってくれていた。
デートへ行くと私が夫に腕を組まれていた。

すべて懐かしいし、きっとこれからまたうまくいくんだ、って
心のどこかで思っている自分がいる。

少しずつ振り返りながら、今の現実を書き留めていこうと思う。